及川光博さんと檀れいさん 離婚発表!!

及川光博さんと檀れいさん 離婚発表!!

今テレビを観ていたら、驚きのニュースが流れてきました。ミッチーこと及川光博さんと、元宝塚歌劇団の檀れいさんが離婚したとのこと。以前から離婚の噂が流れていたお二人ですが、本日正式に離婚を発表されました。お二人の馴れ初めから離婚の原因まで、色々と調べてみました。

 

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及川光博さんと檀れいさん
離婚発表!!

 

 

及川光博さんのプロフィール

 

名前:及川 光博(おいかわ みつひろ)

愛称:ミッチー、王子等

出身地:東京都大田区

生年月日:1969年10月24日

身長:174cm

血液型:B型

出身高校:成城学園中学校高等学校

最終学歴:成城大学法学部法律学科卒業

所属事務所:2015年までにマザーエンタープライズに所属。現在はホリプロと業務提携。(※2012年からは俳優業はホリプロと業務提携)

 

愛称はミッチー。同時にこれを「職業」とも自称。

長所は「理想主義」で、短所は「完璧主義」と自ら語る。普通、所属事務所が行うタレントとしてのプロデュースを、自らが指針を決めて行うという。また歌手としてはライブのコンセプト、構成、演出、振り付けなど、総合プロデューサーとしても手腕を発揮している。

ファンを非常に大切にしていることも有名である。ファンレター、メール、コンサート会場で回収されるアンケート用紙などは、全て自ら目を通しているらしい。また、女性のファンを「ベイベー」、男性のファンを「男子」と呼ぶ。

心の距離を縮めたいため、芸能界の友人知人に対しては及川自身が勝手につけたあだ名で呼ぶことが多い。「クドカン」こと宮藤官九郎は、初対面の及川にいきなり「カンクちゃん」と呼ばれ、「(今まで誰からも)カンクちゃんなんて呼ばれたことないし…」と戸惑ってしまった旨を話していたことがある。

引用:Wikipedia

 

及川さんといえばあの独特なキャラクターです。もうじき50歳になるというのに「王子」という言葉にピッタリな、いつまでも若々しいルックスが印象的です。どうやったらあんなに若々しくいられるのでしょうか?50歳で「王子」を演じられる男性なんて、及川さん以外いないんじゃないだろうかと思います。

私個人としては歌手より俳優のイメージが強いです。今はもう卒業していますが、水谷豊さん主演の「相棒」シリーズに出演していました。完全に相棒のイメージです。実際にはミュージシャンから俳優まで幅広い活躍をされていらっしゃいます。今回調べていて驚いたのは、ミュージシャンとしての活動の凄さです。

 

ライブ活動

俳優業など他の仕事がどんなに多忙でも、毎年の全国ツアーは欠かさず、ライブを自らの「生き様発表会」として非常に大切にしている。客席の前方、中央、後方、2階、3階などのパートに分けて、それぞれの場所の観客に向かって、「前ベイベー!」、「真ん中ベイベー!」、「後ろベイベー!」、「2階ベイベー!」、「3階ベイベー!」などと頻繁に呼びかける。及川のコンセプトに感化されたファンが各々工夫を凝らしたコスプレ衣装を身に纏い、踊るのが恒例となっている。楽曲に合わせ、ポンポンを持参するファンも多い。

カウントダウンライブのコスプレ

毎年大晦日に行われるカウントダウンライブ「ゆくミッチーくるミッチー」のオープニングでもコスプレで登場している。披露しているのはシャアを限りなく真似た「赤い彗星のニャア」をはじめとし、『サイボーグ009』、『宇宙戦艦ヤマト』、『ルパン三世』(緑のジャケットバージョン)、『ガッチャマン』、『ベルサイユのばら』など、及川がファンである旨を公言している1970 – 1980年代に一世風靡したアニメ作品のものが多い。しかし、2007年のカウントダウンライブでは「ネタが尽きた」とのことで、特定のモデルの無い中国王朝時代の皇帝を彷彿させる服装で現れた。2008年は、「銀河英雄伝説」のラインハルトで、バンドメンバーは帝国軍、女性はコードギアスの制服。2009年はマイケル・ジャクソンの衣装で登場(ドラムの阿部薫はバブルス君の被り物付き)。マイケル調のアレンジを施した曲が数曲演奏された。

引用:Wikipedia

 

毎年欠かさずにツアーをやっているというのは本当に大変だと思います。毎年ツアーを開催しているアーティストはかなり少ないと思います。私の大好きなB’zも数年に1回の頻度ですが、もし毎年ツアーがあったら絶対に参加します。ファンとしてはツアーで本人と会えることはこの上ない喜びですから。そういう点から考えると、及川光博さんはファンのことをこの上なく大切に考えているんだということがよく分かります。

 

檀れいさんのプロフィール

 

芸名:檀 れい(だん れい)

本名:及川 まゆみ(旧姓:山崎)

出身地:兵庫県温泉町(現在の新温泉町)

生年月日:1971年8月4日

身長:162cm

血液型:A型

特技:日本舞踊 花柳流【花柳萩蝶】

出身高校:兵庫県立浜坂高等学校卒業

所属事務所:松竹エンタテイメント

宝塚歌劇団第78期生

 

兵庫県温泉町(現在の新温泉町)に生まれる。幼稚園時代に学芸会で褒められたことがきっかけで、高校時代にファッション雑誌の読者モデルを経験するなど、人前に立つ仕事に興味を持つようになる。温泉町立温泉中学校、兵庫県立浜坂高等学校を卒業。

1990年、宝塚音楽学校入学。1992年、第78期生として宝塚歌劇団入団。入団時の成績は40番(最下位)。雪組『この恋は雲の涯まで』で初舞台を踏む。

1993年に月組に配属後、1997年に雪組に異動。それまで大きな役が付くことはなかったが、1998年『浅茅が宿』新人公演最後となる入団7年目で初めてヒロインに抜擢され、翌年より真琴つばさの相手役として月組トップ娘役に就任。2度の中国公演に参加し「楊貴妃の再来」という最大の賛辞が送られた。北京語でのソロも披露した。

2001年の真琴退団後は専科へ異動となり、外部出演等を経て、2003年には湖月わたるの相手役として、星組トップ娘役に就任。『王家に捧ぐ歌』のアムネリス、『花舞う長安』の楊貴妃などが当たり役となった。2005年、『長崎しぐれ坂』をもって退団した。

退団後は女優として新たなキャリアをスタート。2006年12月に映画『武士の一分』で銀幕デビューを果たす。日本アカデミー賞優秀主演女優賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。

2009年6月9日より舞台『ゼブラ』に4姉妹の次女役として出演予定だったが、鉄欠乏性貧血のため降板することとなった。

2010年3月30日より、NHKで放送された『八日目の蝉』で、ドラマ初主演を務めた。

2011年7月27日、歌手・俳優の及川光博と結婚した。

2012年、宝塚歌劇団退団後初めてCDアルバムに参加した。参加したのは、遊佐未森のアルバム『淡雪』。

2015年2月26日、農林水産省の「日本食普及の特別親善大使」に任命。

引用:Wikipedia

 

今やほとんどの人が知っている檀れいさんですが、宝塚入団当初は最下位だったというのは驚きです。そこから星組のトップになり今の地位を築き上げてきたんですから、相当な努力をされてきたんだということは容易に想像ができます。

宝塚退団後も女優として舞台や映画、ドラマなどで幅広く活躍されています。受賞歴を見てもその活躍が良く分かります。

 

  • 1998年度・年度賞(宝塚歌劇団) – 努力賞
  • 2002年度・年度賞(宝塚歌劇団) – 優秀賞
  • 2007年2月6日 第61回毎日映画コンクール新人賞受賞 武士の一分
  • 2007年2月10日 第80回キネマ旬報新人女優賞受賞 武士の一分
  • 2007年2月13日 第49回ブルーリボン賞 新人賞受賞 武士の一分
  • 2007年2月16日 第30回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞,優秀主演女優賞受賞 武士の一分
  • 2007年3月1日 第44回ゴールデンアロー賞新人賞受賞 武士の一分
  • 2007年3月18日 第2回おおさかシネマフェスティバル 主演女優賞受賞 武士の一分
  • 2007年3月27日 第16回日本映画批評家大賞新人女優賞受賞 武士の一分
  • 2007年12月9日 第44回ヴォーグ・ジャパン・ウーメン・オブ・ザ・イヤー受賞
  • 2008年2月7日 エランドール賞新人賞受賞
  • 2008年9月3日 第5回ザビューティーウィークアワード受賞
  • 2009年2月20日 第32回日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞
  • 2011年10月25日 第12回ベストフォーマリスト
  • 2012年1月11日 第23回ジュエリーベストドレッサー賞40代部門
  • 2014年5月15日 第11回COTTON USA AWARD 2014 Mrs.COTTON US


    引用:Wikipedia

 

結婚のきっかけ

 

馴れ初めは2010年1月1日放送の「相棒season8」10話(スペシャル枠)で、当時相棒のレギュラーだった及川光博さんとゲスト出演した檀れいさんが共演したのが最初の出会いだったそうです。その後お付き合いをスタートし、お二人がご結婚されたのは2011年7月。こうやって見てみると結婚までかなり早いですよね。

実は結婚観についてはお二人は全く異なっていました。檀さんは結婚願望が強くて、何度も迫っていたそうです。しかし及川さんは結婚によってファンが離れるのではないかという心配があって、なかなか結婚に踏みきれなかったそうです。ところが2011年3月、あの震災が起こります。そこで及川さんは生きる意味について考えるようになったそう。あの時はたしかに多くの人が色々と考える時だったと思います。

そして何より大きかったのは、相棒で共演している水谷豊さんと伊藤蘭さん夫妻の姿だったそうです。水谷夫妻を間近に見て、こういう夫婦生活ならいいなぁと思って結婚に踏み切ったと言われています。

 

離婚の原因

 

今回お二人は所属事務所を通じて報道各社に直筆の名前入りのファクスを送付し、連名で「本日離婚届を提出しました」と報告しました。その中で、

「この度、及川光博と檀れいは11月28日円満に離婚したことをここに報告させていただきます。 それぞれの未来のために二人でよく話し合った結果、本日離婚届けを提出しました。出会いから9年、2011年7月に夫婦となってから7年間、共に学び、支えあい、仲良く過ごしてまいりましたが、互いに仕事に集中するあまり、時間的にも精神的にもゆとりが持てなくなってしまったのが実情です。 共に表現者として尊重しあい、笑顔で出した結論です。今後も努力し精進してまいりますので、どうか温かく二人を見守っていただけますようお願い申し上げます。」

とコメントしています。お二人には以前から離婚・別居の噂がありました。結婚して間もない頃に及川さんの浮気報道がありましたが、これについては及川さんも檀さんも否定。その後も何故か離婚・別居報道が絶えませんでした。その理由の出元はいまだに分かりません。その中で気になった理由がありました。それは檀さんのご家族の問題です。

かなり複雑な家庭のようです。檀さんの家は跡継ぎを残すことに強いこだわりがあるそう。ご両親も共に養子だそうです。しかしそんな厳しい檀家の中で頑張ってきた母親が、投資家の男性と突然の駆け落ちをして家を出てしまったのです。壇さんと妹さんは母親について行き、投資家の継父のことを本当の父親のように慕っていたそうです。しかし継父は多額の負債を抱えており、壇さんは収入のほとんどを母親へ送金。その継父は2004年に他界し、翌年壇さんは宝塚を退団して母親・妹さんと3人で東京で暮らし始めました。母親も体の弱い妹も働くことができず、壇さんが家族を養っていたそうです。

結婚後、及川さんにそういった状況を相談したそうです。高齢の母親と病弱な妹を養っていきたいということだと思います。しかしそこで及川さんとは意見の相違があって夫婦関係に亀裂が生じたのが離婚のきっかけになったのではないかとありました。

真偽のほどは分かりませんが、本当だとすればなかなか難しい問題だと思います。

 

まとめ

 

離婚の話が出る度に私も記事を書くために色々と調べますが、その度にたくさんの情報に目を通します。こんな話があったんだと驚くことばかりですが、一方でこれは真実なのか?と思うことも多々あります。ネット社会でデマが出回る理由が良く分かります。

私も完全にデマだと思うものは無視しますが、場合によってはそういったデマに踊らされている可能性も否めません。なので私の記事はあくまで私個人の見解だと理解して頂けたらと思います。

そもそも離婚などデリケートな問題については本人たちが全て話さない限り真相は分からないものです。というより、一言で説明できるほど単純な離婚は少ないと思います。離婚を選択されるご夫婦は多いですが、それは夫婦で話し合った結果のこと。周りがどうこういう問題ではなく、夫婦の結果を尊重しそれぞれのご活躍を願うだけでいいと思います。

及川さんも檀さんのお二人も今後は別々の道を歩むわけですが、お二人とも素晴らしい才能の持ち主です。今後も変わらずテレビなどで活躍する姿を見せていただきたいですね。

 

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